8月・葉月の酒

月見(つきみ)酒

月を浮かべて飲みます。
それも、まがい物ではない、本物のお月様です。宇宙飛行士が月面から 持ち帰った石のかけらなら杯に入りますが、これは不可能な相談です。 「無茶だ」と言うなかれ、名月を杯に満たした酒に映して飲むのです。
酒席は、縁側か庭にしつらえます。猪口(ちょく)ではなく、口の広い、 大きな杯にしましょう。場所、角度を工夫すれば、丸いお月様が丸い 杯に収まります。そこで酒に映った月を、ぐっと飲み干します。
「酒が揺れれば、月も揺れる。」

印篭紅花(いんろう)酒

独眼竜と恐れられた戦国武将伊達政宗が愛用した酒ですが、今は幻となりました。 全20巻の「日本国語大辞書」(小学館)にわずか三行で、こう説明してあります。 「印篭につめた濃縮酒。仙台藩御用商榧森酒屋が醸造し、戦地へ携帯用とした」
印篭は「水戸黄門様(徳川中納言光圀)の葵の御紋の印篭」で有名ですが、 薬を入れる重ね小箱で腰に下げます。黄門は中納言の唐名、政宗も権中納言で 仙台黄門と呼ばれました。
印篭酒は、いわばインスタント酒です。女性の髪付油の少し緩いくらいの物で、 印篭につめて持ち歩き、戦陣で器にあけ熱湯を注いでかき回して用いると いいますが、さてどんな味の酒だったのでしょうか。 いかにも酒好きの政宗らしいが、製法は伝わっていません。
政宗は葡萄酒も造らせていたといいますから、伊達者の面目躍如です。

淡雪(あわゆき)酒

アイスクリームかなと思って口にして、初めて酒と分かり、びっくりするでしょう。 作り方は簡単です。アイスクリームフリーザーで、酒をシャーベット状にするだけです。
ガラス器に盛った淡雪のような酒を、スプーンですくって食べます。 そこは、もう雪国、暑さも忘れます。好みで山葵をすって添えます。
フリーザーがない場合は、冷蔵庫の冷凍室でも構いません。頃合を見て、 凍る寸前を取り出します。

胡瓜(きゅうり)酒

韓国料理を出す店で初めて口にして、思わずうなってしまいました。
新鮮な胡瓜をざくざくと大振りに刻み、焼酎に浸して冷蔵庫に冷やしておきます。 焼酎は25度の、それもくせのない甲類が良いです。胡瓜の味がする、涼味満点の 爽やかな酒になります。 水や氷で薄めずに、そのまま飲みます。容器ごと良く冷やすのが、うまく飲む コツです。

岩魚(いわな)の骨酒

岩魚は冷たい水を好み、標高1,000メートルほどの山間の渓流に棲息します。 鮎の上る地点より上流に山女(やまめ)がおり、さらにその上流に岩魚がいます。 山の残雪がすっかり解けると、岩魚釣の季節です。
岩魚に粗塩を振ってこんがりと焼き、大鉢に入れて熱燗を注いで、回し飲みにします。 酒のアルコール分で身と骨の滋味が抽出され、驚くほど旨くなります。 鮎に比べ、味は野趣に富みます。
釣りたてを榾火(ほだび)で焼きながら酒にするのも、面白いでしょう。
山女を使えば山女の骨酒になります。

酒中花(しゅちゅうか)

山吹の芯(茎の随)、柳やニワトコの削りかけなどで小さな花を象り彩色し、 杯の酒や杯洗の水に浮かべると開くようにした細工物、これが酒中花です。 コップの水の中で咲かせる造花、水中花に似ています。水中花は歌謡曲でも 歌われ今も人気がありますが、酒中花はとんと目にしません。
細工物の花はなくても、夏なら天然の巧緻というべき鷺草(さぎそう) の花を杯に投ずれば即興の酒中花、酒に純白の鷺が舞います。

日本醸造協会誌1999.8

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