4月・卯月の酒

桜酒

桜の本字は櫻、「二貝の女が木にかかる」と覚えましたが、 二階の女性が気にかかる年頃が過ぎると酒が気になります。 開花の知らせを聞くと、酒を携え、恋人に逢いに行くように いそいそと出掛けます。
「待つ花」に始まり「初花」「盛りの花」「名残の花」と 移りましょう。
その時々の花を眺めながら盃に花びらを浮かべて飲むのが、 桜酒です。それも花をむしらずに、ヒラヒラ散る花弁を盃で 受けてこそ風流というものです。 桜前線が通り抜けた後も、山に登ればまだまだ花を愛でることが 出来ます。標高100メートル高くなると開花日が三〜五日遅れます。 山桜や八重桜の見ごろはそめいよしのよりもっと後になります。 瓢箪に酒を詰め、友を誘い、いざ山遊びに…
八重桜の塩漬けは桜湯に使われますが、これを焼酎のお湯割りに 入れても美しく、かつ美味です。この「桜割り」なら一年中、桜が 楽しめます。
桜はバラ科の植物、親類のバラ−薔薇の花びらを酒に浮かべれば 「薔薇酒」になるでしょう。

人肌(ひとはだ)酒

燗の具合は、人肌が良いです。人の健康時体温は36.5度前後、 この温かさの酒が人肌酒です。
芳香が高く、舌触りがきめ細かな酒は、ぬる目の燗の方が本来の 味が保たれるといいます。
「冷やと親の意見は後で効く」の諺があるように、冷やした酒は 喉ごしが良いので、つい飲み過ぎるきらいがあります。 後で急速に酔いが回ってきますが、その点、燗酒は吸収が早いので、 自分のペースを守って飲めます。

若布(わかめ)酒

若布は若女に通じるところから、若返りの薬として、あるいは 神の供え物として昔から大切にされて来ました。 若いほど味も香りも良いので、芽が出始める早春が旬となります。
燗酒を満たしたコップに生の若布、あるいは塩抜きした若布を 一、二片入れて揺ら揺らさせれば若布酒となります。

貝柱(かいばしら)酒

帆立て貝の貝柱の干物を使います。事前に酒に貝柱を一個入れておいて、 燗をつけて飲みます。帆立て貝の旨みが酒に移り、かすかに北の海の味が します。飲み終えた貝柱は、味噌に漬けて数日置くと、格好の 酒の肴になります。

雲丹(うに)酒

ウニは雲丹と書くのが一般的ですが、厳密には生きている時が 海胆、海栗で、卵巣を塩蔵、加工すると雲丹、海丹となります。
この酒は生ウニを使うので、正確には海胆酒でしょう。
ウニに熱燗を注ぎます。器は大きい方が、ウニはたっぷりの方が良いです。
ウニには朱が似合います。朱塗りの鉢に生きの良いウニを山の ように盛り、熱燗を満たしたのを豪快に飲みます。 潮の香りにウニの味が交じり、酒はうっすらと白く濁りますが、 まるでしぶきを上げる黒潮を飲み干すようで、初めて飲んだ時は 感動してしまいました。
味を酒に奪われたウニは、惜しげもなく捨てるのが 男の作法でしょう。
ウニの旬は卵巣の成熟する春から夏にかけて、 雲丹酒もこれからますます美味になります。

海老(えび)酒

海老はお金が好きと見えて、世界の海老は富める国に 流れていきます。 日本は世界一の海老消費国です。 酒の肴にするだけではなく、海老を酒にして飲んでみましょう。
海老の皮をはぎ、腸を除き、軽く塩を振って強火で焼きます。 それを大きな杯に入れ、熱燗を注ぎ、二、三分経ってからいただきます。 海老特有の甘味が滲み、柔らかな味の酒になります。 頭ごと殻付きのまま焼いたのを用いても、野趣があります。
海老は冷凍ではなくまだピクピク動く生きた奴が、それも出来れば 桜海老より車海老の方が良いです。
車に酒は地獄ですが、酒に車(海老)は極楽です。 この狂喜の味を知ると、煎餅のコマーシャルではないですが、もう 「止まらない、止まらない」です。

日本醸造協会誌1999.4


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