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上杉謙信は大の酒豪でした。ふだんの酒はきわめ て質素で、しかも、もの静かでした。ひとり縁側に坐り、もっぱら
小杯を愛用し、肴は梅干しを好んだといいます。この梅干し、 ご存知のようにクエン酸が多く、代謝機能を活発にし、
アルコール処理能力を高めると言われています。 悪酔することがなく、飲んでも気持ちに油断の生じることが
無いわけです。武田信玄という巨敵を相手に、瞬時もスキを 見せることのできない謙信にとっては、格好の酒肴だったの
かもしれません。戦に疲れた身体と神経を休め、疲労回復 させるためにも良いということを体験的に知っていたのでしょう。
とうふの起源は古く、2000年以上も前の話です。日本に 伝わったのは奈良の頃で、唐へ留学した僧侶がもたらしたとされています。
江戸の頃は「奴」とか
「水貝」といわれ、その食べ方もいろいろ 工夫されていました。また、天明年間に出た
「豆腐百珍」という本 では、何と、230種類以上もの酒肴を紹介しています。
植物性タンパク食品の代表とされ、栄養価の高いとうふは、 昔から日本酒の代表的な肴とされてきたわけです。
酒の肴に、古くから「雑伎」がありました。
芝居などでよく見かけることでありますが、 酒席で殿さまが家来に、「肴をいたせ」と
命じると、指名された者は「ははっ、つたなきわざなれども」
といって、能舞などをします。これが肴舞です。 戦国時代の「酒飯論」には、肴舞として「相撲、
目隠し、ちからわざ」が出ています。 このほか、早口、物まね、てぶり囃子、拳などがありました。
現在でも同じようなもので、手品、物まね、カラオケなど 酒宴の席は相変わらず賑やかです。
越前のウニ、長崎のカラスミとともに、「天下の三珍」
といわれています「コノワタ」は
ナマコのはらわたを塩辛にしたものです。 ところで、このナマコ、見るからにグロテスクな動物ですが、
肴としては、ことのほか珍重されているようです。 特に絶品といわれるものに「くちこ」があります。
これは胎卵で、この生の風味は他に類をみないとされており、 これを乾燥させたものは「このこ」といい、北陸・金沢で
賞味できます。
新年の祝酒に欠かせない「おせち」。
元来は、正月のみならず、ひなまつりやお盆など 「節供」に宮廷で出された祝儀料理のことで、
稲の神へ豊饒を祈る「供」(おそなえ) の意味が強かったです。
のちに延命長寿を祈念する行事食的色彩も加わり、江戸のころからは、 正月料理だけを「お節料理」と呼ぶように
なりました。 その中身は、田作り(豊作)、カズノコ(子宝)、ゴボウ(開運)、
黒豆(マメを祈る)、カチグリ(勝利)、コンブ(喜び)、など 縁起物が中心で、昔は山海の干物が多かったが、江戸後期には、
これに「煮しめ」が加わり、 一般庶民の間に急速に広がっていきました。
「おせち」は正月の保存食ではあるが、
栄養のバランスは素晴らしく、日本酒とは理想的な組み合わせです。
そばは奈良朝以前から栽培されています。大昔は、米や麦が不作 だった時の補助手段としての役割でした。このそばの需要が一気に
爆発するのが除夜の「年越しそば」です。 一説には、昔、金箔を扱う職人が、散らばった金銀の小粒を集めるのに、
そば粉を練って使用したことから、 「来年も金銀が集まりますように」と祈願して、
そばを食べる習慣が生まれたと言います。 そばはルチンや良質のタンパク質が多く、不老長寿に結びつく
縁起の良い食べものです。大人たちは、年の暮れるのを 惜しみながらそばをさかなに酒盛りをします。この夜、寝ると
白髪が生えるとか、しわができるという禁忌はいまでも言われています。
美人の代名詞とされる「小町」。 平安朝の美貌一番の地位を独占し続けた女性ですが、
彼女ほど様々な伝説に包まれた女性も珍しいです。 彼女をモデルにして創作したといわれる
「玉造小町壮衰書」に、若い絶頂のころの贅を つくした酒盛りの様子が紹介されています。
肴の主なものを上げてみますと、紅鯉の刺身・紅鱸のエラで作った 鮨・鮒の包み焼き・鮪のあえもの・鰹の煮こがし・鮎のあつもの・
鯛の汁もの・鮭の干物を初めとする魚料理13品です。 さらに熊の掌、亀の尾、兎の脾臓などの高価な珍味。そして
デザートの果物は10種あまり。肝心の酒は、澄み酒で、 杯で樽からくんで飲んだといいます。
しかし、この豪勢な生活も一朝の夢にすぎず、やがて落魄の 身になり、ついには、野辺の露になってしまったと
伝えられています。
「徒然草」にこんなエピソードが出てきます。
「……ある宵のこと、幕府の執権北上条時頼のところに知人がやって来た。
さっそく酒を用意したが、あいにく肴がない。台所で探したところ、棚にミソが
残っていた。あった、あったと喜んで、それを肴にひとときの酒盛り となった。」執権が肴としたこの「ミソ」、
実は大変優れた食品なのです。 タンパク質が多いことはもとより、様々な消化酵素が含まれているから
消化に役立ちます。またビタミンの含有も多いので悪酔いを防ぎ、 脳機能を高めます。時頼は優れた政治家であったから、日々の疲れを
酒でいやしながら明日の激務に備えて、脳細胞強化に役立つ
「ミソ」を食べていたのです。これぞ鎌倉武士の知恵といえます。
突出しから本格的な日本料理まで、我が国の酒肴は実に多彩です。山海の幸が
豊富なうえ、四季により材料も千変万化します。肴が変われば、酒の味も 微妙に変化します。相性の良い肴で酌み交す酒はとりわけうまいです。
山菜酒肴を紹介しましょう。セリのごま和え、 ノビルの生ミソ付け、フキの煮物、山ウドのテンプラ、ツクシは醤油のつけ焼き、
ワラビはアク抜きをしてカツオと煮ます。 いずれも日本酒の味を一段と引き立てる独特の香りを持ったものばかりです。
また、ビタミンCとミネラルをたっぷり含んだ酒肴だから、健康にも良いです。
テンプラはコロモが中身の水分の蒸発を防ぎ、蒸される状態で 急速に加熱されるから、素材の味と栄養がそこなわれないのです。
だから、「旬の味」を味わうには 最適といえます。日本は、テンプラのネタの豊富な国です。新ジャガ、
タケノコ、アスパラ、シソ、ゴボウなどの野菜類を初め、キス、カレイ、 マイカ、ヒラメなどの白身魚もおいしいです。
「天の味」を生かしたテンプラと
「自然の恵み」日本酒との組合せは、
最高のコンビです。
6月30日は、一年の前半の最終日に当り、半年間のけがれを流す大切な
日です。昔から、「夏越しの節供」といわれ、
各地の神社では、今でもお祓いが行われます。この時期、田植えも終わり、 ホッと一息つける時であり、共に働いた牛馬にもみそぎをさせ、これからの
暑さを無事に越すことができるようにと祈ります。また時節柄悪疫の流行期 だから、これを避ける目的もありました。
この日、もてなし用の食器や酒器なども、水に浸し、水気を払い、 生気をよみがえらせました。そして、梅、フキ、ゴボウなど、季節の
材料をふんだんに使ったスタミナ酒肴をどっさり用意し、大いに酒を 酌み交しました。
昔から酒の肴にミソをはじめ豆腐、納豆などの大豆食品が添えられてきたのは、
味の相性もさることながら、栄養や薬餌効果を見抜いていたからでしょう。 大豆には、約40%もタンパク質が含まれていますが、ミソは熟成中にその半分
くらいはアミノ酸に分解されてしまうので、味はすこぶる良いです。 また消化率も95%と高いです。ミソが「身礎」
といわれるのは、栄養効果と消化率が高いうえに、肝臓の機能向上に 役立つからです。二日酔いに、「ミソ汁」
が効くのも、アミノ酸に肝臓の解毒作用を促進させる働きがあるためです。 健康飲酒につながる「ミソ」をもう一度見直したいです。
酒と料理が密着しているフランスにも、日本語の「肴」
に当る言葉はないそうです。酒は肴を生かし、肴は酒を一層おいしくします。日本語は
そういうお酒です。肴とは、酒の菜のことで、この「ナ」
という言葉は「副えもの」を意味し、
酒にそえるものの総称です。だから昔は、魚や野菜ばかりでなく、 酒席に興をそえる唄や踊りも肴とされたといいます。
魚が「さかな」と呼ばれるようになったのは、
魚が豊富な日本では、それが肴の代表と見なされたためでしょう。
万葉の頃、酒の「さかな」は
「酒菜」と書かれていました。
この「菜」とは酒の 「そえもの」のことです。したがって、野菜類を
はじめ、魚、貝、鳥、獣などすべてが含まれていました。 これが中世に入ると、魚が最も日本酒に合うため、やがて酒に用いる
「菜」は、煮魚、焼魚、酢じめの魚などの
「魚料理」が
主となりました。古い文献に見られる「酒魚」という語も
このことを示しています。室町時代の書物などでは、魚や鳥を
「美物」、野菜を「粗物」
と呼んで、差別していました。 身近で安い野菜と比べて魚は、旨いうえ、滋養があると信じ
られていたからです。しかし、江戸になると漁業も盛んになり、 庶民の間では魚は気軽に食されるようになりました。
「初鰹 銭とカラシで 二度なみだ」
江戸っ子は気が短く、競争心が強く、見栄も強かったです。
「初ガツオ」に対する執着がその典型です。
べらぼうに高い初ガツオは布子を質に入れても食べました。 高いからうまいのです。若葉の季節が心を浮きたたせ、
初夏への期待が新鮮な厚切りの刺身に集中します。 カラシをきかせて醤油をつけ、上等の酒と共に味わいました。
このカツオ、「勝つ魚」にも通じ、 血の気の多い江戸っ子の気風に合ったといわれています。
はしりを競う気負いがこうじて、化政の頃には、早船を仕立てて沖合に出し、
漁船を待ちうけ、いち早く手に入れる好事家も現れました。
お歳暮の代表は昔から「鮭」です。 古代においても食用として高い価値をもち、従って尊敬の意をもって迎えられ、
儀式や贈物の対象とされていました。 今でも北方民族の多くは「鮭」を神格化し、
別の魚とは区別しています。 さて、この「鮭」、文字通り酒の肴としての
利用法は昔から多いです。
コリコリした頭部の軟骨は「氷頭」(ひず)
といわれ、酢漬けがうまく、血わたは「めふん」
で塩辛に、腹部のトロ肉「ス」は焼くと美味で、
刺身は「ルイベ」と呼びます。 卵巣はおなじみ「筋子」となり、喉首の
「カマ」や「エラ」は
鍋にして良く、北国では「歯」まで食べるということです。