日本酒についてのいろいろなおもしろい情報をお知らせします。
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今回は「あ・ら・か・る・と」についてです。
今は昔の酒造用具には、身近な動物名の愛称で呼ばれるものがいろいろあります。
<猿>・・・・・コシキ穴の上に置く小道具
<狐>・・・・・もろみを酒袋に入れる時の桶
<馬>・・・・・平板をのせるやや高い台
<猫>・・・・・上に乗って作業する小型の台
鏡開きのあとは祝枡で乾杯、という光景を最近は良く見かけるようになった。
ところで、この”枡”、もともとは計量器だったのだが、その香りの良さ、木目の美しさ、
簡素な様式美などから、祝い酒の器としてr珍重されるようになった。
元来は杉で造られていたが、現在は檜も多く使われている。新郎新婦の名入りのものや、
パーティーの記念印を焼き込んだものが一般的だが、日本的な習慣として、もっともっと
広めたいものだ。
最近はめったにお目にかからなくなったが、遊び酒のひとつに「可杯」というものがある。
底が尖っていて倒れてしまう杯や、底の穴を指でおさえて飲むもの、また天狗の鼻の部分をもつものなどがある。
いずれも酒を飲みほすまでは下に置けない座興用の杯だ。
漢文では、”可何々”(何々をすべし)というように、可という字は下につけない字だから、下に置けない杯を
このように呼ぶようになった。
「亀の盃台」というのがある。江戸時代の天才、カラクリ儀右衛門の作で、
カラクリ仕掛けの工芸品だ。この亀は十五センチの金属製で本物そっくりに
できている。
まず、甲羅の上に盃をのせる。そして亀の頭を相手に向け、盃を酒で満たす。
すると、酒の重みでゼンマイ仕掛けの留め金が外れて、亀は首を振り振り、
ノコノコと歩きだす。献酬された相手は、この盃を手に取る。その瞬間、
ピタリと動きを止める。酒を飲みほした客は、亀の向きを変え、ご返杯
するわけだ。江戸後期の爛熟期につくられた座興用のものだが、ロボット
王国日本を予見させるような代物だ。
結婚式ではどこの式場でも、三々九度の盃を交わすが、最近は、日本酒の
こも樽による”鏡開き”を行う披露宴も増えてきている。ところで、今は
ほとんど見かけなくなってきたが、昔の婚礼に欠かせなかったものに、
"角樽"があった。漆塗りのものは嫁取りに、
黒塗りは婿入り時に用いられていた。一種のエンゲージリングのようなもので、
縁起かつぎの語呂あわせから、一升(一生)
入りが普通だったが、
商家では、半升(繁盛)入りも用いられたようだ。
酒は動物の生理上なにか良いことがあるとみえ、
多くの動物たちは酒好きです。日本の伝統にも、
山猿は野イチゴやブドウを木の穴に詰め込んで発酵させ、これを飲むという
話がよく出てきます。また、亀は酒好きで、海亀を捕らえると酒を飲ませて
放してやる、という話は今でも時々耳にします。
コウモリも酒好きとして知られているが、最も酒好きは、
昆虫類だろう。果樹園でコガネムシなどの害虫を取る方法に土虫の
酒入りかめに誘いこむやり方があります。また蝶を採集するのに、業者は、
木に酒と糖蜜を塗りつけ、これを舐めさせ、翌朝木の下に落ちているのを
難なく採集するといいます。
こうすれば、羽のきれいな標本づくりが出来るという訳です。
”酉”は酒つぼのことであり、”酉”をもった字は 酒は発酵食品に関係があります。 酊、酌、酔、酢、醤、醸など全部そうです。 醫者の”醫”も古くは酒が薬用だったからです。 ところで、”酋長”というと、未開人の「おさ」ですが、 ”酋”の本来の意味は 「じっくり熟成させた酒」とか、 「酒造りを司どる官吏」です。 蕃人の村おさを酋長と呼んだのは、任務の一つに 酒造りがあったからでしょう。祭政一致の未開会社では、 まつりごとのために酒をかもすのは、ボスの重要な役目でした。 また、”酉”は、十二支では十番目の”とり”であり、季節では秋で、 みのりをあらわしています。十月が日本酒の月とされているゆえんです。
最近、外人の日本酒センター見学者がとみに増えています。
銀座の新名所として知れわたってきたからでしょうか。ところで、日本酒を
初めて飲んだ西洋人は誰だったのでしょう。文献によると、一五四九年来日した
宣教師ザビエル
だとのことです。彼は約二年間、日本の文化に接し、日本の味も知りました。
教会本部宛の手紙の中で、「麦も野菜もあるが、
日本人の主食は米だ。
この米から酒をつくるが、これ以外に酒はない。酒は美味だが高価だ。」
などと書いています。
南米三国のなかで日系人の一番多いのはブラジル。この関係からか、「日本ブーム」 も最も早く広がった。和食を初め、和風家具、装飾品などが流行っているが、 このブームの中で、特に有名なのが ”日本酒のピローネスさん”。 首都ブラジリアの初代市長だった人だが、生っ粋のブラジル人だというのに、 ふとしたきっかけで覚えた 日本酒が大好き。これ一筋で、はるばる日本から 取り寄せ、愛飲している。これがとぎれた時は、現地の日本人が造るブラジル産の 日本酒を飲んでいるとか。
秋も深まると日本酒造りが盛んになり、これと共に新しい酒粕が出回ります。
粕汁や粕鍋、甘酒、粕漬けなど今ではこの利用法も大変バラエティに富み、 栄養価の高さも見直されています。ところで、この酒粕、昔の貧しい人達の
間では、酔いを求める上で貴重な食べ物でした。江戸の落語にもこんな小咄 があります。「赤い顔をしているな、何杯飲んだのか」と聞かれ、「三枚飲んだ」
と答えるものや、「冷やか、燗か」に対して、「焼いて飲んだ」という ものなどがあります。昔は、仲間うちで酒粕をちぎって食べることを
「握り酒盛」といっていました。
人間はもちろん、動物にも酒好きは多いですが、植木の中にも酒好きがいて、 その代表格が松です。彦根城の松並木は樹齢250年以上というだけあって、 枯れるものが多かったです。ところが、酒粕を根元にたっぷり与えたところ、 樹勢がみるみる回復したといいます。こやしになるだけでなく、 アルコール分が根を温める 役目を果した結果だといわれています。酒はまさに 「百薬の長」です。
「枕草子」や「源氏物語」
に登場する白酒は、今のものとは違い、 白く濁っている酒、白酒などの白濁酒のことです。
ひな祭り用の白酒ができたのは、江戸以降とされていますが、 この白酒の元祖は練酒といわれ、江戸初期には、九州(筑前)を
中心に盛んに造られていました。 造り方は日本酒の仕込みと同じですが、この酒は、水の代わりに
ミリンを使っていました。当時は濁酒を使うことが多かったようです。 江戸も中期になると、市中を白酒売りがねり歩くほど人気を博しました。
鎌倉河岸にあった豊島屋では、3月のひな祭りには、250石(45kl) も売ったといいます。
酒粕を「酒の花」とか
「板おみき」などと呼ぶところもありますが、
粕汁や甘酒は寒い時には何よりのご馳走でしょう。 両面を焼いてジャムをはさんだり、羊羹をはさんだりすると、
シャレたお茶うけになります。 栄養価も高く、蛋白質をはじめ、
ビタミンB1・B2、特に美容に
良いとされているB6も含まれています。
万葉集にも数多く登場する富士。古くから修験道場として知られ、
信仰の対象にもなっています。 こうしたことから全国には昔から富士の名を冠した日本酒が
たくさんあります。酒造メーカーは現在約2,600社ありますが、 各社の代表日本酒の中に「富士」が付くものは64銘柄もあります。
日本のシンボルとしての富士の偉大さに改めて敬服してしまいます。
ひなまつりに欠かせない甘酒。日本書記(720年)にも記述されている
ところから、太古から自然発生的に飲まれてきたものと考えられています。 室町時代には広く市販されるようになり、江戸の頃は「一夜酒」、
「なめ酒」と呼ばれ、大流行しました。
当時は甘味分の多い食品が少なかったからでしょう。 寒い晩などには、女性や子供などにとって、身体を温める最良の
方法とされていました。
灘を銘醸の地に育てあげた「宮水」 。西宮市の甲子園のごく近くにあり、地下わずか3〜5メートルの
貝殻層から湧き出ており、その水面は海水面とほとんど変わりません。 この水は硬度の高い硬水で、カリウムが一般の水の3倍、リン酸塩が
5倍も多く、酒の発酵時に、乳酸菌や酵母菌の栄養源となります。 さらに、酒質を悪くする鉄分や有機分はほとんどなく、酒造りには格好の水なのです。
この宮水で仕込まれる灘の酒は、どちらかというとすっきりした辛口に仕上がります。
これが灘の酒は「男酒」だと言われるゆえんです。
これに対して白菊水に代表される伏見の水は、中硬水から軟水に近く、 口当たりが柔らかく、ふっくら優雅な酒に仕上がります。
こちらは「女酒」と呼ばれていますが、 日本酒は水によってその個性が決まるともいえます。
主銘柄としては約4,500もある日本酒ですが、どんな字が 多く使われているか全銘柄を調査してみました。
この結果、ベスト10は下記の通りになりましたが、トップは「鶴」で
2位を大きくリードしています。なお、3位の「正宗」は音読みすると、
「せいしゅう」となり、清酒に通ずることから多く使用されています。
@「鶴」 ・・・226種
A「山」 ・・・220種
B「正宗」・・・184種
C「菊」 ・・・168種
D「金」 ・・・147種
E「白」 ・・・139種
F「泉」 ・・・139種
G「松」 ・・・135種
H「大」 ・・・134種
I「千」 ・・・132種