|
|
酒はエネルギー源となる嗜好食品であると同時に、薬理作用をもっている点に大きな特徴があります。
その薬理作用は、酒の主成分であるアルコール(エタノール)によってもたらされることが知られています。
また、アルコールが酔いものであることも常識となっています。
一般的に、相当の酒好きにも”酔い”という現象は、アルコールの興奮作用の結果と理解されていますが、実は酔いが生じるのは、アルコール独自の麻酔作用によるものです。
酒には寝酒(ナイトキャップ)という飲み方があるように、アルコールは、薬理学的にみると催眠剤であり、麻酔薬でもあります。
すなわち、アルコールの作用は、もともと中枢神経系を刺激し興奮させるのではなく、逆に中枢神経系を抑制し鎮静させるように働くのです。
しかし、普通は酒を飲むと誰もが陽気になります。歌が出たり、にぎやかになったりして、一見興奮状態にあるように見えますが、これは、アルコールによる麻酔作用の特性と関係があるようです。
麻酔の段階は
第一期・・・・痛覚低下期
第二期・・・・興奮期
第三期・・・・外科麻酔期
第四期・・・・延髄麻痺期
の順に進行します。
外科手術に用いられる麻酔薬は第一期、第二期が短く第三期の持続時間が長いのに対して、アルコールは第一期から第二期の持続時間が非常に長く、第三期が短いという麻酔作用をしめします。
つまり、初期の軽い麻酔によって精神的な抑制が解かれ、しかも飲酒時に周囲から加わるさまざまな刺激と相まって、興奮状態が表面化しているのです。これが、いわゆるホロ酔いの最高にご機嫌なときでしょう。
酔いの状態や程度にはいろいろありますが、そのいずれもが、アルコールの脳神経系や胃腸などに対する作用、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒト、アセトアルデヒトにより遊離が促進されたカテコラミン(副腎髄質ホルモンの一種、アドレナリンやノルアドレナリン)などの作用が総合的に心身に影響を与えている結果なのです。
アルコールの麻酔作用によって、最初に影響を受けるのはもちろん中枢神経系です。
酒を飲むと、まず脳の網様体賦活系の活動が低下します。
この部分は、大脳皮質(意識や精神活動)の働きを総合的にコントロールしていますが、そのコントロールがきかなくなるとともに、大脳皮質に
抑制されていた大脳縁辺系(本能や情緒活動)の働きも普段より活発となります。
こうして酔いが始まり、滲透するにしたがって日常の思考力、判断力なども鈍ってきます。
理性が後退し、感情があらわになって、急に泣いてみたり、怒りだしたりする泣き上戸、怒り上戸などの白けた状態にもなってしまうわけです。
これらの精神的な変化にともなって、知覚や運動能力も全体的に鈍くなるのが普通です。
しかし、飲んでいる本人にとっては、多少アルコールが入ったほうが上手に歌えたり、しゃべれたり、また自動車の運転などもうまくできるように感じられるはずです。
これは日頃の抑制がとれて、より大胆に行動できるという気分的なもので、実際には飲酒後にタイプを打たせたり、反射運動をさせたり、問題を解答させたりするテストでは、知的能力や運動能力も低下を示します。
酔いの程度や酔いの状態は、飲酒時の状況や個人差によって相違が出ることは当然です。
しかし、酔いの程度は、生物である人間の麻酔薬に対する反応の原則から、大幅にはずれることはないとされています。
したがって、酔いの程度を正確に判定するためには、脳内のアルコール濃度を測定すればよいわけですが、これは事実上、不可能な方法です。
そこで、アルコールの脳内濃度と比較的並行関係にあると推定される血液中のアルコール濃度の測定が行われ、その濃度値と酩酊度の関係が研究されました。
その結果、血中アルコール濃度と酩酊度とは完全に平行しないが、法医学的な場合も含めて、
強めるために酒をやりとりするのです。ここから自家製の酒を相手に贈り、自分の酩酊度を決める最も有力な指標と認定され、現在に至っています。
また、呼吸中のアルコール濃度は血中濃度とほぼ平行し、約半分の濃度があるので、酒酔い運転などの判定に応用されているのは承知のとおりです。
酩酊度と血中アルコール濃度との関係の一例を示すと、次のようになります。
@0.05〜0.1%・・・微酔期。
ホロ酔いの状態で、顔が赤くなり、体も熱くなり、尿量が増す。
快活となり、ためらいがとれ、友人との会話、商談、交渉事も円滑に行える。
歌う楽しさ、踊るよろこびあり。
A0.1〜0.15%・・・軽度酩酊期。
理性の解放が進み、よくしゃべり、身振り手振りも大きくなり、気勢あがる。
気分はまだ爽快、他人から見ると手指のふるえ、歩行のふらつきがあるが、本人は気がつかない。
ストレス解消にはもう十二分。
B0.15〜0.25%・・・中等度酩酊期。
麻酔の興奮期で急に怒りだしたり、泣いたりと感情が急変する。
舌がもつれ、話の内容もくどくなる。
千鳥足、よくころぶし、吐き始める。
泥酔の寸前。
C0.25〜0.35%・・・強度酩酊期。
麻痺期で顔面蒼白、冷汗が出て、嘔吐する。
歩行はほとんど不可能。
意識もおかしくなり、ほっておけば道ばたでも寝てしまう。
相当に危険な状態。
D0.35%以上・・・昏睡期。
呼吸麻痺などが起こり、医療の必要あり。
なお、血中アルコール濃度は、酒を飲んでから30分から1時間程度の間にピークに達し、その後、ほぼ直線的に減少します。
赤羽次郎博士(信州大学名誉教授)らの医学生20人で実験した結果では、日本酒五合飲用時の血中アルコール濃度の推移は飲酒後、一時間くらいで最高値の0.15%程度( 中等度酩酊)となり、ほぼ10〜12時間後に完全に体内から消失しています。
前途のように、酩酊度は血中アルコール濃度値と関係がありますが、これは個々の人すべてに通用するという意味ではなく、平均的な目安です。
実際には一合で心地よく酔う人、一升酒でも乱れない人など、酩酊度や酔い状態はまさに十人十色です。
このような個人差が生じる因子はいろいろあって、単純に一つだけにしぼることはできません。
しかし、一般的にいえば酒に強い人は血中アルコール濃度の上がり方が低く、弱い人は高いといえます。その理由の主なものをあげると、次のようになります。
@体重による差
血中アルコール濃度の許容量は体重の重い人のほうが大きく、たとえば体重100kgの人は50kgの人の倍のアルコール量を飲める計算になります。
Aアルコール酸化(代謝)能力による差
体内に入ったアルコールは普通、体重1kg当り毎時0.15gの割合で酸化されるため、一般に体格が大きく、体重のある人のほうが血中アルコール濃度の許容量とともに酸化能力も高く、酒に強いわけです。
Bアルコール耐性による差
日頃から飲酒の習慣がある人は、アルコールによる各種の影響に対して適応性をそなえています。
たとえば大酒家でもやせ型で体重の少ない人がいますが、これは、アルコール酸化能力が高くなっているためで、大酒家は普通人の約1.5倍の酸化能力があるといわれているます。
さらに、アセトアルデヒドの作用に対する感受性についても、敏感な人は飲むとすぐ顔が赤くなるなど、酒にあまり強くないのが普通です。
これは、アセトアルデヒド末梢血管拡張作用に対して弱いことを示すものです。
C飲酒時の状況による差
飲むときの雰囲気や相手、酒の肴、空腹かどうか、さらに飲むスピード、体調や性格などによっても、アルコール吸収速度や酸化能力、血中アルコール濃度の上がり方が左右され、酩酊度や酔い方も当然ちがいます。
精神的、肉体的疲労の激しい場合、就寝時に飲む少量のアルコールは格別の効用があります。
疲労をやわらかくもみほぐし、自然のうちに熟睡の世界へ導いてくれます。
肉体労働者についての統計でも、寝酒を飲んだほうが飲まずに不安定な睡眠をとった人より翌日の作業上の事故率が少ないと報告されています。
欧米では、ナイトキャップはごく一般的な飲酒な習慣で、日常生活のなかにとけこんでいます。
ナイトキャップの条件としては、アルコール濃度が高くなく、口あたりがよく、酔いがソフトにまわることで、ウイスキーやブランデーのような強い酒は不向であり、シェリーやポートワインが適当とされています。
日本酒がそれらの条件に合うことはいうまでもありません。
日本酒ならではの効用を秘めた”寝酒”の良さを再認識することが望まれます。
アルコールは非常に小さい分子(ブドウ糖の約四分の一で、また、水にも脂肪にもよく溶ける性質をもっています。言いかえれば、麻酔薬としての特性をそなえています。
アルコールは胃腸内でそれ以上に分解、消化される必要がなく、そのままの形で胃や腸から吸収され、体内に入ります。
ごく微量のアルコールは口膣粘膜からも吸収されますが、とくに問題とはなりません。アルコールの吸収のされ方はアルコールが細胞膜などの環境をこえて、つねに濃度の高いほうから低いほうへ移動する完全な受動輸送方式で行われます。つまり、胃腸の粘膜には、アルコールの微小分子を通す小さい穴が開いているわけです。
そして、飲酒後、胃腸内部のアルコール濃度が高くなると、その濃度勾配にしたがって、アルコールは胃腸粘膜を通過し、粘膜細胞内に入り、次に血液の中へ入っていきます。血中のアルコールは胃や十二指腸、小腸の静脈をへて、門脈とよばれる大きな静脈に集まり、肝臓に運ばれた後、血流によって全身へ達します。こうして、水にも脂肪にもよく溶けるアルコールは、体内にくまなく滲透していきます。酒が「五臓六腑にしみわたる」とは単なる例えでなく、事実そのとおりなのです。
一定の時間後には、体内すべての臓器のアルコール濃度はほぼ等しい状態になります。
そして、前途のように脳内のアルコール濃度が、高まると、酩酊度も進むわけです。
アルコールが吸収される速度はアルコール濃度と、アルコールが接触する胃腸粘膜の面積の広さによって決まります。
小腸からの吸収量が胃の四倍も多くなるのは、絨毛とよばれるヒダが非常に発達しており、その表面積がたいへん大きいためです。
また、空腹時に酔いのまわりが早いのは胃腸内に残っている食物が少なく、アルコールと粘膜との接触がより直接的になること、アルコールの作用で胃の運動が活発となって、より早くアルコールが小腸へ運ばれるため、吸収がますます早くなるからです。
同じ理由で、胃の切除手術を受けた人は早く酔うようになります。
これと反対に、脂肪分の多い食事をとった場合はアルコールの吸収速度がおそくなり、酔いのまわりも遅くなるわけです。
飲んだアルコールは二〇%が胃から吸収され、残りの八〇%が上部小腸の十二指腸や空腸から吸収され、体内に入ります。
体内で代謝されるのは、その九〇%以上に達します。残りの一〇%のアルコールは尿、汗、呼気となって排泄されますが、尿中への排泄量でも一時間に0.5gくらいが限度です。
「ビールは尿になってしまうから、いくら飲んでもそんなに酔わない」とは明らかに誤まりで、ビールでも日本酒でもウイスキーでも、血中アルコール濃度の減少にはほとんど差がありません。
一般的に代謝とは物質の分解、合成、転換など化学作用を意味しますが、アルコールの代謝という場合、アルコールがアセトアルデヒトや酢酸に変化することで、酸化反応の一種です。
そして、体内におけるアルコールの代謝は主として肝臓で行なわれ、代謝の八〇%が肝臓によるものと推定されています。このことは、肝臓を取り除いた動物実験でも確かめられているとおりです。
アルコールの代謝分解のサイクルは、まずアルコールがアセトアルデヒトとなり、さらにそれが酸化されて酢酸となります。
次に、生成された酢酸は体中に運ばれ、TCAサイクルという代謝経路によって最終的に二酸化炭素と水に分解されます
この過程で生じるエネルギー(一g・七カロリー)が体の各組織の活動に利用されるのですが、とくに筋肉や心筋のエネルギー源として、酢酸が有効に利用されています。
現在、肝臓内で行なわれるアルコール代謝の経路には、次の三つがあると考えられています。
@アルコール脱水素酵素(Alcohl Dehydrogenase = 略称ADH)
Aミクロソームにあるエタノール酸化系(MicrosomeEthanol Oxidizing System = 略称MEOS)
Bカタラーゼ系
すなわち、アルコール代謝の約八〇%が@のADH(アルコール脱水素酵素系)によるもので、残りの二〇%がADH以外の経路で代謝されると推測されています。
しかし、厳密な意味では、それぞれの経路の重要性について、日本を含めて世界各国でなお研究、論議中で、大部分の専門家が承認した定説が確立されていません。
とくに、AMEOSとBカタラーゼ系による代謝作用については議論の焦点で、いまだに決着がつかない状況です。
アセトアルデヒトは、毒性の強い物質としてしられています。
アルコールの障害とされる種々の症状は、その相当な部分がアセトアルデヒトによるものとみられています。
たとえば、アルコールを飲んだときに起こる赤ら顔、吐き気、頭痛、心悸亢進、その他の一過性の症状はアルコールの直接作用によるものでなく、アセトアルデヒトが原因です。
さらに、神経系への作用としてアセトアルデヒトは、神経伝達物質であるカテコラミン(ノルアドレナリンやアドレナリン)を放出させる作用もします。いずれにしろ、長期にわたる大量飲酒は、種々の慢性障害を起こす原因となるのです
したがって、アセトアルデヒトの血中濃度の程度が大きな問題となりますが、飲酒後でもその血中濃度は、血中アルコール濃度の約千分の一くらいにとどまります。それ以上に高くなることはありません。
これは、アルデヒト脱水素酵素(ALDH)の働きが強く、アセトアルデヒトは瞬時に酢酸となるからです。
すなわち、肝臓におけるアルコール酸化能力とアセトアルデヒト酸化能力とがほぼ等しく、肝細胞でつくられるアセトアルデヒトの量とそれが酸化され、酢酸になる量がほぼ等しいというバランスが保たれているのです。
酔いざめに寒気がするのは、アセトアルデヒトによって拡張された末梢血管から、体温の放散が盛んになるためです。
寒い戸外から室内に入ったとき、一杯やると体があたたまるといわれるのも、アセトアルデヒトの作用による体温調節の働きで、理にかなったものです。
一般に最も関心がもたれるのはアルコールが血圧を上げるか、下げるかという問題でしょう。
高血圧の人にとっては、血圧をあげるのなら酒はのまないほうがよいし、下げるのなら、薬として利用できるのではないかということになります。
アルコールの心臓に対する影響でも、他の場合と同様に相反する報告がありますが、一致する点は、アセトアルデヒトの作用によって末梢血管が拡張し、血流がよくなったり、顔が赤くなったり、手足が熱くなったりする一方、血圧は降下に向かうことです。
また、アルコールの直接作用として、心筋の収縮力が低下し、その必要酸素量も下がるため、最大血圧が降下することです。
血中アルコール濃度が〇.〇七五%程度の軽い酔いの状態から心筋の収縮力低下は認められます。
こうして、飲酒をしたときは脈拍は増えますが、血圧は下がります。
では、つねにアルコールを飲んでいる場合はどうなるかです。
動物実験や臨床成績でいろいろ報告がされていますが、とくに日本における疫学的な調査では、大酒家には血圧の高い人が多く、また、脳卒中の起こる頻度も高いと報告されています。
いいかえれば、大酒家には動脈硬化の程度が強いということになります。
しかし、これが酒が原因となっているのか、それ以外の因子によるものかは、まだ確定されていません。
大酒家は一般的にヘビースモーカーが多いので、たばこのほうに原因ありという見方、大酒にともなう食事習慣、とくに塩分摂取量の問題、また、生活環境の問題など、いろいろな因子が指摘されるにとどまっています。
アメリカの調査では、アルコール消費量と心筋梗塞などの冠動脈硬化との間に相関関係がみられなかったことなどから、アルコールと高血圧、あるいは動脈硬化との関係は間接的なものと考えられています。
心臓が肥大して機能が低下し、むくみが出たり、動悸や息切れがひどくなったり、脈の不整も出てくる病気を心筋症とよびます。心電図の上にもはっきりと異常所見が認められます。大酒家のなかに、心筋症がみられるのはいうまでもありません。
慢性アルコール中毒の患者の場合は、他にとくに原因となる病気がないのに、心筋症の症状が出ると、アルコール性心筋症とよばれています。
禁酒によって、その症状がなくなるものと定義されていますが、実際にアルコール性心筋症がどのくらいあるのか、その実態はよくわかっていません。
日本では従来、その報告例が少なく、そういう病気の存在を疑問視する医師も多かったようです。
アルコール性心筋症によく似た病気に、脚気によって心筋が障害される脚気心があります。インスタント食品の普及で、サキイカで一杯やり、インスタントラーメンで終わるといった食生活の簡易化が、この脚気心の発生を助長しているようにみられています。
このように、心臓の場合も他の臓器と同様に、大酒家にみられる心疾患が本当にアルコールによるものなのか、あるいは栄養障害などに起因するものなのか、問題となっています。
アルコールと心筋症との関係は、アルコールと肝硬変の場合に比べて、その発生頻度が低いうえ、肝臓のように、生検が簡単にできないため、十分に解明されずに現在に至っています。
また、心筋症を起こす物質で、とくに酒類に多く含まれている物質はまだ発見されていません。しかし、アルコール多飲者や大酒家の心筋には脂肪がたまっていることが多いといわれ、やはり個々のアルコール総摂取量と、ある程度関係があると推定するのが妥当です。
アルコールの長期間にわたる大量飲用により主に心臓をおかされる人、肝臓を痛める人、膵臓を害する人など、いろいろなタイプがあります。
なぜ、そういう差別が出るのか不明ですが、アルコールに対する臓器の耐性が人によって、先天的に強い弱いがあるためという考え方もあります。
心疾患にはいろいろありますが、どんな症状にしろ、すでに心臓病と診断され、治療中の場合は、アルコールを多量に飲むことは明らかに有害です。
まず、脈の不整を起こしやすくなります。また、心臓の収縮力に悪い影響をあたえるとともに、全身の酸素必要量も増し、場合によっては突然に予期しない不幸な事態を招くことにもなりかねません。
血管拡張作用を応用して、狭心症の治療にアルコールを用いることは知られていますが、このように治療薬としてアルコールが処方される場合をのぞいて、心疾患のある場合は、医師の指示に従って回復をはかることが最も大切です。